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Author:sexykent
オイルショック+ベビーブーム世代の元デザイナー。芸術や音楽に早くから目覚めたが、才能を伸ばすほど追求せず。いいかげん我とアートの関係を問いただしたくなった矢先、一切のデザイン生命を絶ちきる。そして今、仕事と生き甲斐をリセットして歩んでいる。最近はNike + iPod Sport Kit を利用して体力作りナンゾを画策中。
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| 殺意と呪いのイマジネーション |
エアコンのせいか、風邪のせいか、喉の調子がイマイチなsexykentです (`ε´) 空気が乾燥してるからね、加湿器を使うか…
俺は、教科書に載ってたりする偉い人とか著名人なんて、既に皆死んじゃってると思い込んでいる。無意識に。それは昔の世界が、白黒かセピアか色褪せて見えたはずと思い込んでるのと似ている。
だから、テレビだとか新聞に、その偉い人がリアルタイムで出たりすると、「何故?」と軽いパニックを起こす。世間知らずだし、政界や歴史や地理に疎いから、いわゆる常識外れなのだ。伝説が好きだから、というのもある。過去の人は、この世にいないことになっているのだ。その本人からすれば「勝手に殺すな」と思うだろう。
そんなわけで、俺はかなり殺人をしてきた。それで、ある日、罪の意識を感じて自首しようと思い立ったことがある。だが、証拠もなければ動機も殺意もない。警察に行ったところで、冗談はよせと病院紹介されるのがオチだ。だから、110番にかけるのを辞めたのだ(うそ)。
思い込みとリアルな世界は、リンクしながらパラレルに進んでいる。人はその二つの世界を、一つの真実に統一しようと願ってしまう。これは、夢とか希望を実現したいというプラスに働く場合もあるが、どちらかを強制的に絶たせて片方を受け入れるという意思を働かせる場合もある。
殺意というのは、加減を知らないということかもしれない。つまり、妄想で終わらないから、実行に移すから、結果が出てしまう。
俺の場合、誰かを死んだと思い込んでも、殺意までは抱かない。ただし、「こいつさえいなきゃ…」的に願ったりしたことはある。で、実際にその人が短命に病死してしまって、なんとも気まずい思いをした…。俺が呪ったせいじゃないかとチラッと自分を責めてみたりしたが、そんなヤバイ能力はない。
確かに、死が解決に繋がることがないわけではない。だけど、それを決定して実行に移す権限は一般人にはない。法定で裁判官が、一番重い刑として宣告して初めて、殺人が正統なものとされる。まぁ、死刑反対を訴える人もいる。死刑がなければ抑制力も働かないから、犯罪が増えるんじゃないのかって思う。
殺意を止めるには、倫理観という精神衛生の問題がからんでくる。影響力のある何かがあれば、殺人に至る種や芽を摘み採ることもある。しかし、世の中には殺意の吐き所がないから、こころの中でソイツは育ってしまう…そんな心の問題は、ニュースになってからでは遅すぎるとつくづく思うのだ。
そして、理不尽でワガママな殺人事件の犯人に、俺はまた「いなくなっちまえ」と呪ってしまっている。悪循環だ。
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